石原奈津子 ブログ

〜  喜びをみつけて、喜べること 〜
生きる喜びは、すべて自分のなかにある。
どんなにお金があっても、健康なからだであっても、それを喜べる自分でなければ「喜び」の要因ではなくなります。

ごはんを食べる口がある。
ゴミや菌から防御してくれる鼻毛がある(笑)
なんて言っても、
息ができる!
空気がある!!!
「喜び」を見つけだしたらきりがないぐらいに、喜びはあふれています。

そして、大切にしたいのは、
それを、「喜べる自分」でいること。

子どもの頃のように、石ころも葉っぱもすべてが遊び道具になったり、発見する喜びのきっかけのように。
目の前のモノゴトを新鮮な視点で見つめなおして、おもいきり喜んでみませんか?




〜食べながら、何を未来につなげますか? 〜


「ご先祖さまがだれ一人欠けても、ぼうやは生まれてこなかったんだよ」。

沖縄を舞台にオバァが語りかける
草場一壽さんの絵本『いのちのまつり 〜ヌチヌグスージー〜』。

当初は自費出版だったこの絵本はいまでは教科書の副読本になり、世界中で30万部以上も発売されています。

私たちがこうして生まれてきたこと。
そのことがすでに奇跡。

ご先祖さま一人一人が病死もせず、戦死もせず、事故にもあわずに生きつながえてこそ。
私たちは生まれてきました。

その命をたどっていくと…。
命はずっとずっとつながっていた。
そのかず、なんと!!
◯◯人。
その数の多さに驚きます。
ご先祖さまはすごい人数、
まちがいなくそこに存在していたのです。
ずっとずっとつながっている私たち。
そんな命の大切さに気づく絵本です。
そして、ご先祖さまが食べてきたものがつながって、いまのこの私たちのからだはできています。

食べては出したものがまた、未来の命へとつながっていきます。

見えてる私たちのからだは、見えない食でもできています。
まだ目に見えない未来がより幸せにあふれた社会になるように、
自分と未来につうじる食を選ぶ力を、
一緒に学びませんか?

〜 ふるさとは遠きに在りておもうもの 〜
先日、島根県出雲市に2年ほど住んでいたひとに出会いました。
海外赴任も多かったのにどこの場所よりも島根での暮らしが良かったと、話してくれました。
そんなふうに自分のふるさとをおもってくれる人に出会うと、とても誇らしくてうれしくて、それだけでその人のことが好きになってしまいます。
10代の頃は、自分の住むまちが窮屈で早く海外に行くことばかり考えていたのに、一度離れてみると顔見知りが身近にいるくらしの安心感や食べ物のおいしさが愛おしくなってきました。
行ったり来たりの生活は続いていますが、我がふるさとは自分のすべての元であり、よりどころ。
島根県が生きるためのベースになっていて、自分の人生にまだまだ挑戦中です。


〜 まだまだ。まだまだ。〜

「読みたくないわ」
長々と続く文書。
伝えたいことがあり過ぎてわけわからん。
私の文書について今夜、尊敬する女性経営者からのひと言をいただきました。
短文で書くようにとのご助言もいただきました。
その通り。
私の文書はくどいのです。

文章に性格あらわれる。
改めなくては。

まだまだ、
まだまだです。


〜 続ける力 〜
「継続は力なり」
先人は的確に大切なことを教え残してくれています。

「ほぼ日」の代表でコピーライターでタレントの糸井重里さんは10年以上前から毎日欠かさずコラムを書き続けています。

身近ではカナオカ機材の金岡重雄会長。
20年以上、毎朝早朝4時に起きて東大阪の清掃と写経を続けています。

自分との約束を守り何かを継続する生き方は、まわりから信頼や信用を得ていきます。
そんな人たちに出会うと心底、尊敬します。
まだまだだけど、そんな生き方がしたいと憧れます。
起業して20年。山あり谷あり、津波あり。
でも、なんとか今日も有難いことに継続させてもらっています。
まだまだ実現したいこと、継続から継承したいことがあります。
そして何より、継続するためには多くの理解者や協力者や支援者がいてくれることに感謝のおもいです。

継続するのは私であっても、
それを実現させてくれているのはまわりの方々。
だからこそ感謝とよろこびが生きる力を与えてくれます。
継続は、生きる喜びと感謝に通じています。
そんなふうにおもう今日この頃。
「継続する力は感謝なり」。


〜 一緒に食べて こころ分かち合う 〜
久しぶりに娘と大ゲンカ。
長電話に夜ふかしが続く娘への不満がいっきにあふれ出てそれまで気になっていたけど話せなかったことを感情のままに娘にぶつけてしまいました。
娘も泣きじゃくりながら私や日々の生活についての不満をぶつけてきて2人のバトルがスタート。

私が根負けしてさきに布団に入ったものの吐きだしたことばの数々が本当に正しかったのか、娘にたいしてのあの態度はよくなかったといろいろと考えたり反省して胸がじくじくと深く痛みだし眠れなくなりました。

数日後、娘に「買い物へ行こうか」と甘い誘いをしてふたりで買い物したり、ランチしたり、ケーキを食べたりしながらじくじくした胸の痛みをわたしから娘に伝えました。
すると娘も素直にでるわ話すわ。

最初からこんなに素直にふたりで話し合えてたらよかったのになとおもいつつ、ときには大声で泣いたり叫ぶのも娘にとってもよかったのかなと、思えてきたのです。

一緒に食卓を囲みながらケンカの痛みや悲しみが、もっともっと深い愛情で娘を抱きしめたくなる時間となりました。


〜 好きなものを、好きな人と食べる 〜
すきな食べ物は何だろう?
ってかんがえてみたけど、いろいろとあってそのときの気分や状況でも変わるなと、いうことがわかりました。
逆に嫌いな食べ物はほんどないのです。

昨晩は食べ過ぎの自分をリセットしたくて晩ご飯は食べなかったし、禁酒の夜でした。

今朝は釜で炊いた白ごはんに味噌汁でした。
昼は知人がオープンしたレストランで鶏肉の炭火焼とカボチャスープに季節のサラダ。

毎日好きなものを食べさせてもらっています。
これだけでも感謝だけど、ここに好きな人も一緒に食卓を囲み、
「おいしいね」と笑って食事ができたら最高のごちそうですね。



〜 好きな人 〜
ふりかえってもこれまでの私の人生のなかで、嫌いな人は両手で十分に数えられるぐらいしか出会ってきませんでした。
いや、出会っていたかもしれないけれど、嫌いだったことすらその人の存在すら忘れているのかもしれません。
そもそも嫌いな人をいまでも本当に嫌いなのかと問われたら、正直よくわかりません。
嫌いだったかも…と思い出す人を思い浮かべてみると、
・怒鳴る人
・怒りっぽい人
・嘘をつく人
・人の悪口を言う人
・グチる人
・お金儲けの話しばかりする人
・ひとの話しをまったくきかない人
・自慢話しをする人
・他人を責める人
・自分をいつも正当化する人
と、書き出したら結構たくさんありました。
でも、やっぱり嫌いな人はあまりいないのです。
ここが嫌。は、上記のようにたくさんあるけれど多くの人はそればっかりじゃなくて、いろいろな性質や特徴や状況があるから、好きになる要因も言動もみつかります。
嫌いな部分を見て付き合うのではなくて、好きになる部分と付き合っていると嫌いな部分は気にならなくなります。
だからきっと、嫌いな人にはあまり出会わなかったのかもしれません。
これまで出会った好きな人をおもい浮かべたら、きりがないぐらいにたくさんいました。
名前を言い出したら徹夜してしまうぐらいたくさんいます。
皆んなに共通しているのは、
優しさです。
だれかの喜ぶ顔が見たくて自然と行動したり、ときにはがんばりすぎる人たちもいます。
見返りを求めず、だれかの喜びや幸せのために優しい言動があたりまえのように身についている人たちです。
優しい人たちだから、優しい人たちがまわりにどんどん集まってきます。
私も優しい人たちに助けてもらい、励ましてもらい、教えてもらいながら一緒に笑ったり、食べたり、飲んだり、仕事をしたり、語り合ったりしています。
そしてまた、好きな人にどんどん出会います。
好きな人は、生きるうえで空気のようで、宝石のような存在です。



〜 泣いて、怒って、あきらめる 〜
思い通りにいかないこと。
思いがけないことが起こること。
人生にはいろいろと起こります。
その度に怒りがわき起こり、相手を責めたり、自分にあきらめたりします。

でも、だからこそ本物や真実に気付かされます。
相手に感謝し、
人のありがたみと優しさに幸福感がましてきます。
人のぬくもり。大切な人との出会いに感謝します。
そして、
謙虚になります。

すべてが意味ある経験だったと
感謝します。

青空を見つめ幸せを感じます。
すべてに意味があったんだ。
ありがとう!
愛してるよ‼︎

〜“こころの先生”から教わるユーモア〜
臨床心理士の室田洋子先生をお招きして『御食事ゆにわ』で開催した食卓カウンセラー交流会。
それぞれの体験をもとに室田洋子先生に質問したり、小田真嘉さんやちこさんの話しに耳を傾けて笑顔の絶えない時間がすぎていきました。

「〇〇するとバチが当たるよ」
「〇〇すると〇〇さんに嫌われるよ」
私たちは子どもの頃から起こってもいない未来の恐怖や怒りや不安にしばられて、先行的にひとりで悩んだり、苦しむくせがついています。
でも実際にはその恐怖がまぼろしで、怒りも不安も必要のない感情だったりします。
実際には起こらないことに対してしばられるより、今目の前のことによろこんだり、楽しむ生き方をしよう。
室田洋子先生はそうおっしゃいます。

子育てにも夫婦関係でも、友人、知人同士にもユーモアをもって接する大切さを、室田先生は実践をとおして伝えてくれます。

イタズラしたり、失敗した相手にも片目でウィンクして微笑み返すユーモアとこころの余裕が必要だと教えてもらいました。





〜 “こころの先生”〜
20年前になります。
精神科医の知人から紹介されたのが臨床心理士の室田洋子先生でした。

室田先生は、家庭内暴力。不登校。問題行動を起こす相談者を、「食卓」を通して癒し治療していく“こころの先生”です。

精神科医の知人と室田洋子先生とご一緒するたびに、「私たちが暇になるといいですね」と、ふたりが話していたのに、
“こころの先生”たちは出番が増えるいっぽうのようです。

たくさんの症例と改善へと導かれた状況をきかせてもらいながら学び合う、『食卓カウンセラー交流会』を今週末に開催しました。

場所は、大阪府枚方市楠葉にある
『御食事ゆにわ』。

*つづく

〜 大好きはいろいろあってこそ 〜
好きなことをしながら
好きなだけお金が入ってきて
好きなように生きる。

あなたはどう思いますか?

あなたの好きなことは?
あなたがほしい毎月の収入は?
あなたのしたい生き方とは?

みんなそれぞれに幸せの価値がある。
だからこそ
この質問にたいしてのみんなの
それぞれの答えがあっていいはずです。

私も「好き」の感覚に素直に
人生を選択して生きていきたいです。

これは人生を重ねながら
薄々わかりはじめる
真剣な「好き」のスゴサ。
本気に生きる覚悟と喜びに比例して
好きとは何か。が、
だんだんわかりはじめます。

だからこそ、好きになったら迷わず
アホになって好きになることです。


〜 変わらない、いや、もっと深いつながり 〜

子どもと食の楽会(がっかい)inしまね 開催しました。

早いもので起業して間もなく20年になります。気づけば白髪もはえるお年ごろ。
それでもますます年を重ねることが楽しみにおもえるのは、こんなにステキな先生たちに出会えたからです。
レシピ本を皆さんと執筆し出版してもらったのも最幸の想い出です。
精神科医改め、“あらさん”こと荒川先生。
歯科医の吉川先生。
小児科医の田草先生。
そして、歯科医の尼ヶ崎先生、管理栄養士の伊藤先生。塾経営&講師&スピリチャルマザーの美由紀先生。こころのイモウトさおりんにも加わってもらい
ますます白髪…いや、これからの活動が楽しみです。
みさこ先生、まさこ先生、
佐藤社長にも感謝、感謝です。
島根から未来ある子どもたちのために、
幸齢者の知恵を伝えていきます。
起業当時からずっと変わらずに
こうして未来ある子ども達のために専門性や立場、職業を越えて本音で語り合い一緒にアクションできることが、本当にありがたいです。
いつもありがとうございます‼︎
#日本食育コミュニケーション協会
#おいしいハート
〜 旅すると広がる世界 〜
10月になってから島根→東京→高知→大阪→奈良→大阪と移動し出会う人たちとしゃべっては食べて、また語り合う毎日。

机の前にゆっくりと座る時間もなく県境を越えて海をわたり、空も変わるなか動きまわる。
一人でぼーっと過ごす時間も好きだけど、
それぞれの場所の違う景色や食べ方や方言を楽しみながら動きまわるこんな時間も好き。

この静動の差があればあるほど私の生活が私らしく生きるために、気づきやひらめきを与えてくれる気がする。

普段はピーンと張りめぐらしている常識という糸をゆるめてくれたり、ときには思いきりその糸を切ってもくれる。

やさしさ、強さってこんな生き方だったのかと、教えてくれるその土地のそこに住む人との出会いもある。

テレビや新聞、ニュースにも出ないけど、すごい人やすごい出来事がまだまだたくさん存在していることにも気づかされて、謙虚になる。
そして、旅の道中に
スティーブ・ジョブズのことばが浮かんだ。

「Stay hungry,stay foolish」
(飢えて、バカでいよう⁈)
直訳では、hungryは「飢え」だけど、私には自分自身に期待し続けるどん欲さをもちなさいと、言われている気がする。


世界はまだまだ広い。
旅をし出会い、食べて語って、
皆んなと笑顔になる。
歳を重ねる喜びを伝えたい。
まだまだ広くて知らない世界がある。
だから今よりもっと幸せになる。


〜話すは放す〜

ひとりで悩んでいることはありますか?
話せる相手はいますか?
良い悪いの判断も批判も批評もせずに、
ただただあなたの話しに耳を傾けてくれる人。そんな人にあなたの悩みやいま感じているそのままのおもいを聴いてもらって、思う存分話してください。

話すは、放すこと。

あなたの悩みをスッキリと手放してください。
そうすれば、
もうそこに悩みは存在すらしないはず。

わたしも今日も話しつづけます。
だれがなんと思って感じていても、わたしは、わたしの話したいことを話しつづけます。


〜憧れの人〜
久々に『一世風靡セピア』の動画をみた。
1980年代、私は小学生から中学生になる頃に唯一熱中していた芸能人。
いわゆる当時の路上パフォーマンス集団で、メンバーのなかの“ジョニー”の愛称で人気だった柳葉敏郎さんの大ファンだった。

何度もコンサートに行ったし、アルバムも写真集も買い占めていた。
あの頃のあの情熱を久々に動画を見て、なつかしく思い出した。

ついつい歌詞が自然と口から出てしまうほど。

『一世風靡セピア』の“ジョニー”こと柳葉敏郎さん以降にこの人!と、おもえる芸能人に憧れたりはしなかった。
今もしも、“生、柳葉敏郎さん”に会ってもかなり冷静に会える気がする。
もしかしたら、懐かしくあの頃のおもいを本人に直接伝えられるほど、冷静さを持ちそなえてしまっているかもしれない。
それって、ちょっと寂しい気がするな。
だって、あの頃のあのときの情熱や憧れは、眩しいぐらいに、「あのとき」「そのとき」に凝縮されているから。

憧れの人に憧れているそのとき、そのおもいがどれだけ大切でかけがえのないおもいなのか。
いま改めておもう。



〜愛を知ること〜
人生に起こるすべてに意味がある。
人生に起こるタイミングに意味がある。
悲しいことも。
辛いことも。
うれしいことも。
ぜんぶそのときに意味がある。
すべては
愛につうじているから。
目の前でおこる出来事にふりまわされたり
まどわされたりしないで
自分を信じること。
自分をもっと知ること。
自分のなかに愛があるから。

〜戦わないために〜
正しい。
正しくない。
そんな議論はもうやめよう。

楽しい。
楽しくない。
そんなふうに腹から湧き上がるものを味わって一緒に楽しもう。
みんなで一緒に楽しめたら
戦いは無くなる気がします。

白黒なんてつけなくて
グレーを一緒に味わって
楽しもう。

〜 苦い経験と甘い生活 〜

甘い生活は、いくつになっても憧れます。
(40も過ぎてふたりの子持ちが…なんて聴こえますが…苦笑)

これまでに何度と苦い経験を繰り返してきました。
そう、「苦い」といえば、
ゴーヤ、セロリ、ピーマン、秋刀魚や鮎のハラワタ、etc。

子ども頃はニガテだったけど、歳を重ねるにつれてきらいじゃなくなる不思議な“苦味”。
気づけば苦味をときには好んで
自ら食そうとさえしているわたし。

やっぱり、40も過ぎると苦味もいいもんなんです。
苦味のあとの“甘味”が今までの甘さよりも
格段に甘くて美味しく感じられます。

だからもし、明日は学校に行きたくない。
会社に行きたくない。
そんな苦い経験や時間をいま、
すごしている人がいたら、
大丈夫!

苦味のあとのこれまで経験したことのないような甘味がきっと、
あなたは味わえる人生がやってきます。

40過ぎて経験済みのわたしからの週末メッセージです。

あなたの人生がより味わい深い日々でありますように…あなたの幸せを願っています。

石原奈津子