ふりかえってもこれまでの私の人生のなかで、嫌いな人は両手で十分に数えられるぐらいしか出会ってきませんでした。
いや、出会っていたかもしれないけれど、嫌いだったことすらその人の存在すら忘れているのかもしれません。
そもそも嫌いな人をいまでも本当に嫌いなのかと問われたら、正直よくわかりません。
嫌いだったかも…と思い出す人を思い浮かべてみると、
・怒鳴る人
・怒りっぽい人
・嘘をつく人
・人の悪口を言う人
・グチる人
・お金儲けの話しばかりする人
・ひとの話しをまったくきかない人
・自慢話しをする人
・他人を責める人
・自分をいつも正当化する人
と、書き出したら結構たくさんありました。
でも、やっぱり嫌いな人はあまりいないのです。
ここが嫌。は、上記のようにたくさんあるけれど多くの人はそればっかりじゃなくて、いろいろな性質や特徴や状況があるから、好きになる要因も言動もみつかります。
嫌いな部分を見て付き合うのではなくて、好きになる部分と付き合っていると嫌いな部分は気にならなくなります。
だからきっと、嫌いな人にはあまり出会わなかったのかもしれません。
これまで出会った好きな人をおもい浮かべたら、きりがないぐらいにたくさんいました。
名前を言い出したら徹夜してしまうぐらいたくさんいます。
皆んなに共通しているのは、
優しさです。
だれかの喜ぶ顔が見たくて自然と行動したり、ときにはがんばりすぎる人たちもいます。
見返りを求めず、だれかの喜びや幸せのために優しい言動があたりまえのように身についている人たちです。
優しい人たちだから、優しい人たちがまわりにどんどん集まってきます。
私も優しい人たちに助けてもらい、励ましてもらい、教えてもらいながら一緒に笑ったり、食べたり、飲んだり、仕事をしたり、語り合ったりしています。
そしてまた、好きな人にどんどん出会います。
好きな人は、生きるうえで空気のようで、宝石のような存在です。
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